2017年9月14日
カンボジアは3日目になりました。
昨日はシェムリアップ市内を離れた土地を観光したわけですが、今日はシェムリアップに戻り、1日目に見ることができなかった細々とした寺院を訪ねて回ります。
朝9時にサマスさんが迎えに来てくれました。
9時といっても、市内の道路はすでに大渋滞です。
まずは、「スラ・スラン」。
早速ですが、ここは寺院ではありません。東西約700メートル、南北約300メートルに渡る池で、王たちが沐浴するために造られたと言われています。
テラスは修復中で、学芸員のような方々が作業にあたっていました。
道路を挟んでスラ・スランの向かい側に位置しているのが「バンテアイ・クディ」。上智大学の調査団によって調査研究・保存修復が行われた経緯のある寺院です。
僕が寺院へ足を踏み入れようとしている後ろで、一人の青年がトゥクトゥクから降り立ち、同じく寺院へ入ろうとするのが見えました。服装からして、どうやら日本人のよう。日本語で書かれた「上智大学アンコール遺跡国際調査団」の掲示物をじっと読んでいることからも、恐らく日本人なのだろうというのがうかがえます。すぐに目が合い、軽く会釈をしました。お互いを認知しながら、一定の距離を保ちつつ寺院内を歩いて回ります。
寺院の端まで来たところで、木陰に座り、涼む彼。昨日の日記にも書いた、僕の「旅のポリシー」が脳裏を過ります。きっと彼は僕よりも若いだろう。ここは、僕から声を掛けねば―。
「学生さんですか?」
「は、はい。あなたも、学生ですか?」
すでに学生に間違えられる年齢は超えていると思うのですが、お世辞でも学生に間違えてくれるのは何か嬉しいものです。彼も、「上智大学」の掲示物を見ていた僕に声を掛けようとしていたが、どうにも勇気が出なかったとのこと。彼はタクミくんといって、東北大学の4年生。物腰の柔らかい、優しい青年でした。
「どこに泊まっているんですか?せっかくだし、今日の夜、飯でも食いませんか?」
「ぜひぜひ!僕は『ワンダーズ・シェムリアップ』に泊まっています。アンコール・ナイト・マーケットの近くです」
お互いの行程をすべて終わらせて、宿に戻ったあと、僕から連絡するということにして、連絡先を交換。しかし、ここで僕のLINEのIDは教えず、タクミくんのIDを聞くに留まったのが、後々重大な事態を引き起こしてしまうとは、二人とも全く思いもよらないのでした。
タクミくんと別れ、次に向かったのは「プレ・ループ」、ピラミッド式の寺院です。こういった様式の寺院は1日目にも訪れていますが、規模でいえばこちらの方が断然上でしょう。かなり大きなピラミッドを形成しています。最上階から見る眺めは壮観です。
次は「東メボン」。プレ・ループの北に位置する、プレ・ループと同様ピラミッド式の寺院です。プレ・ループの方が壮大のため、こちらを後に訪れてしまうと、少し物足りなく感じてしまいます。
東メボンからさらに北へ向かうと、林の中に静かに佇む「タ・ソム」があります。風化と破壊がかなり進行しています。最奥の東塔門がリエップという木の根に覆われているのを見るのが、この寺院のハイライトです。
タ・ソムの西にあるのが「ニャック・ポアン」。
バンテアイ・クディでの会話の中で、
「今までに見た寺院の中で、どこが一番よかった?僕はバンテアイ・スレイかな。鮮やかで彫りの深い様式が、きれいでね」
「バンテアイ・スレイは明日行くことになっています。僕は、ニャック・ポアンですね。ニャック・ポアンに辿り着くまで、大きな池の上に架けられた、一本の細い橋の参道を通るんですが、そこから眺める景色は哀愁があって良いですよ」
とタクミくんが言っていたのを思い出しました。
広大な池の中に、葉の枯れてしまった木々が佇んでいて、何とも寂しい気持ちにさせます。
ニャック・ポアンは、池の中央に祠堂が浮いている、平地式の寺院です。
朝9時から6つの寺院を回って、さすがに腹が減ってきました。時刻は13時過ぎ。「プリア・カン」の前にあるレストランで、昼食を取ることにしました。
ここで注文したのは、昨日まで飲んでいたアンコールビールではなく、カンボジアビールという銘柄。さっぱりとした味わいです。
そして「ライス・バーミセリ」。いわゆるビーフンです。日本の焼きそばと同じような味付けですね。普通に美味しいです。
腹を満たして、プリア・カンへ。この寺院は平地式で、プレ・ループのようなピラミッド式ではありませんが、なかなかの規模を持っています。何重もの回廊があり、ちょっとした迷路のような構造です。仏教式の寺院ですが、ヒンドゥー教徒によって壊されたという仏像をあちこちに見ることができます。
この日最後となる寺院は、アンコール・トムの南側に位置する「プノン・バケン」。山の上に建てられた寺院で、夕日観光の名所として有名です。僕もサマスさんに「プノン・バケンで夕日を‥」と提案してみたのですが、
「だめだ、だめだ。空を見てごらんよ。今日は一面のくもり空だ。夕日なんて見えないよ」
日没まで待つのが面倒なだけじゃないんかい、とつっこみたくなりましたが、サマスさんの言うことも一理あるので、夕日を見るのは諦めることに。
山の上にあるプノン・バケンからは、本来シェムリアップが一望できるのですが、寺院のあちこちが工事中で、クレーンがせっかくの眺めを遮ってしまうのが何とも興ざめでした。
時刻は16時。今日の観光も終わり、宿へ帰る時間になりました。サマスさんには3日間に渡って僕の観光を手伝ってもらいました。明日は18時に空港へ送ってもらう仕事だけをお願いしているので、つきっきりで連れ回してもらうのはこれが最後になります。出会った当初は、胡散臭いおっさんだなあと警戒していたのですが、今となっては彼に任せておけば悪い方へ運ぶことはない、と思えます。サマスさん、ありがとう‥と、感傷に浸っていると、
「カンボジアのおやつだ。食べなよ」
サマスさんが屋台から買ってきてくれたのは、焼いた竹筒の中に入ったおこわのようなもの。ほのかに甘く、不思議な味がします。しかし、美味しい。帰国してから調べたところ、この料理は「クロラン」と呼ばれ、竹筒にもち米と豆、ココナッツミルクを入れて蒸したものだそうです。不思議な風味は、ココナッツミルクから生まれるものでした。
宿に戻り、シャワーを浴びて、バンテアイ・クディでタクミくんに聞いたLINEのIDを登録する作業に入ります。しかし、ここで問題が発生。
「該当するユーザーが見つかりませんでした。」
いったい、なぜ!?何度やってもタクミくんが見つかりません。インターネットで原因を調べてみると、
・検索される側(タクミくん)が、「検索されるのを許可する」設定を行う必要
・その設定は、タクミくんの環境下(海外の格安SIMを使っている)では、設定不可能
ということがわかりました。この状況は”詰み”ではないか。せっかく連絡先を聞いたのに‥。
しばらく考えて、タクミくんとコンタクトを取ることができるかもしれない、唯一の方法に辿り着きました。彼は「ワンダーズ・シェムリアップ」に泊まっていると言っていた。幸い、ワンダーズ・シェムリアップの場所は、地球の歩き方に記載がある。そこまで足を運んで、受付で事情を話して彼を呼び出してもらうしかない。
ワンダーズ・シェムリアップは、タケオゲストハウスから南へ20分ほど歩いた、アンコール・ナイト・マーケットのそばにあります。ナイト・マーケットは夜の街。彩り豊かな、少し妖しいライトがあたりを照らし、雑踏の放つ熱気に圧倒されます。道の右側左側から客を引き込もうとする手が伸びてきます。気を抜いたら、たちまちどこかの店へ吸い込まれそうだ。ええい、早くワンダーズ・シェムリアップへ行かなければ‥。と、そこへ、背後から日本語の声。
「あの、すいません、もしかして‥?」
「へ?」
何と、もみくちゃになりそうな雑踏の中、タクミくんが目の前に立っているではないですか。まさか、探していた人に、こんなにも偶然に出会うとは!
「LINEの設定ができなくて。もしかしたら、ナイト・マーケットにいらっしゃってるんじゃないかと思って、歩いてみることにしたんです。本当に会えたのは、幸いでした」
偶然の再会を喜び合い、タクミくんがおすすめするレストランへ入ることに。ここは、ドラフトビールがなんと1杯1ドルで飲めるのです(ただし、あまり美味しくはありません。僕は途中からタイガービールというシンガポールのビールを飲んでいました)。
彼の学校のこと、就職のこと、彼女のこと‥いろいろな話を聞かせてもらいました。その内容はここでは割愛しますが、今日、海外の地で偶然出会った、母国を同じくする二人が、こうして盃を交わしている。この機会はまたとなく貴重で、素晴らしいものだと思いました。
二人は、酒場が密集するさらに妖しい通り「パブ・ストリート」に移動して、老舗「レッド・ピアノ」でもう一杯ひっかけました。
「九州を訪れた際は、お声掛けしますね。今日は、ありがとうございました」
そう言って、タクミくんは雑踏の中へ消えていきました。僕も、ほろ酔いの中、再び20分歩いて宿へ戻りました。旅先で素晴らしい友人を得た僕は、えも言われぬ充足感に浸りながら、ベッドに横たわったのでした。