晩白柚ルポルタージュ

熊本に住む30歳男性の日記です。2018年11月からカナダ・トロントでワーホリ予定。

唐津散策

「ボツにしたネタ」その二です。11月下旬、佐賀県唐津市へ行ってきました。

この小旅行は、唐津に住んでいる大学時代の友人に案内をお願いしました。このネタをボツにした理由は、友人であるその女の子と過ごす時間があまりにも楽しすぎたため、それに浮かれて写真をまったく撮っておらず(ちなみに、前回の日奈久温泉では5時間ほどで150枚を写真に収めていますが、今回は丸一日かけて50枚も撮っていません)記事の読者に紹介する内容が薄すぎたためです。あまりの浮かれっぷりに前日からまったく眠れず、当日の朝はほとんど一睡もしないまま高速道路を2時間飛ばして唐津へ向かったという有様です。我ながら中学生なみのピュアさでお恥ずかしい限りです。

唐津というと、大学3年生のゴールデンウィークにイトシマオと敢行した「サイコロの旅」で訪れたのを思い出します。サイコロを振り、出た目に応じて行き先を決める、というあまりにも行き当たりばったりな、ある意味大学生らしい旅に出まして、スタート地・福岡市箱崎で最初に出た目が唐津だったのです。とはいえ、その時の滞在時間はわずか2、3時間。これといったランドマークを訪れるわけでもなく、喫茶店で普通に飯を食べ(唐津グルメすら堪能していない)、次の目的地へ急ぐためサイコロを振ったと記憶しています。ですので、今回の唐津観光は僕にとってほとんど初めてのようなものでした。

 

2017年11月25日

唐津観光といいながら、唐津市の中心部からほど遠い「呼子町」で開かれる朝市を見たかった僕は、彼女に無理を言って朝8時に集合をお願いしました。活イカで有名な呼子の朝市通りでは、水揚げされた魚介類や農産物を売る露店が早朝から並ぶのです。朝9時だというのに、一帯はたくさんの客で賑わっていました。

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呼子の朝市

呼子に来たからにはイカを食べずに帰れない、ということで、彼女がおすすめする海鮮料理屋へ行くことにしましたが、なにぶん時間が早いので店が開いていません。彼女の機転で、呼子からさらに西に位置する「玄海エネルギーパーク」を訪れてみることにしました。しかし、ここでは写真を一枚も撮っていません。浮かれ気分の極地です。館内には、地震を体験できるアトラクションのようなもの(?)や、自身の被曝量を測定できる装置があって、童心に帰って楽しみました。

呼子へ戻り、彼女のご家族御用達の「大和」というお店へ。呼子で食べるイカと唐津で食べるイカには雲泥の差がある、と彼女が言っていたとおり、ここで食べたイカの活き造りは僕の中のイカという存在を大きく覆しました。口の中へ放り込んだあと、舌に吸盤が吸い付いて飲み込めないイカは、兎にも角にもこの先の人生で現れないと思います。

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刺し身にされてもなお動くイカ(上)と天ぷらにされてしまったイカ(下)

満腹になったところで、唐津市の中心部へ戻ります。

まずは、曳山展示場。唐津では11月のはじめに例大祭唐津くんち」が行われます。この唐津くんちで街中を練り歩く山車の一種が曳山(ひきやま)です。少なくとも熊本市に山車祭りはないので、山車に馴染みのない僕にとっては非常に迫力のあるものでした。もっとも古い曳山は今から200年ほど前に製作されたもので、修理や塗装を繰り返しながら現代に受け継がれているらしく、ロマンを感じさせます。

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全部で14の曳山は迫力満点

次に訪れたのは、展示場の隣りにある旧大島邸。実業家で唐津の近代化に尽力した大島小太郎の旧邸宅、とのことですが、ここを訪れた時は大島小太郎がどのような人物なのかよくわからずにいました。あとになって調べたところ、この大島小太郎という人は高橋是清のお弟子さんのような存在だそうです。高橋是清といえば第20代内閣総理大臣である以前に、僕の会社の社長を長きに渡って務めた親しみある人物ですので、高橋是清の薫陶を受けたとあっては、彼にも親近感を覚えずにはいられません。

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旧大島邸と旧高取邸は、外観しか写真を撮っていません

旧大島邸の規模は割と小さめですが、次に訪れた旧高取邸の敷地はとても広大です。唐津の炭鉱王として名を馳せた高取伊好の自宅兼迎賓館です。館内は写真撮影禁止なので、残念ながら写真を一切撮っていませんが、本当にここは自宅なのかと思わせるほど大きな能舞台や、今も色鮮やかに残る板戸絵など、見ごたえ十分となっています。率直な感想を言えば、この旧高取邸が唐津観光の中で一番、というほど素晴らしい施設でした。

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この写真では素晴らしさが伝わらない

最後に向かったのは、満を持しての唐津城です。

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余談ですが、パンケーキレンズ LUMIX G 20mm F1.7 IIでは接写しすぎてしまって、被写体が写真にうまく入りません。もっと広角寄りのレンズが欲しい

廃藩置県の後、一度姿を消し(解体)、戦後再び博物館の体で模擬天守が建造されるなど、熊本城と多くの類似点があって、少なからず親近感が湧きました。丘の上に築城された平山城なので、天守閣の最上階からは玄界灘が一望できます。

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天守閣の上から

 

すべての行程を終えて、ホテルに一旦車と荷物を置き、繁華街へ出て彼女と飲みました。学生時代には聞けなかった話をいろいろとぶつけることができて、内容はさすがに割愛しますが、この上なく楽しい時間を過ごせました。

吉田兼好徒然草の175段で「近づかまほしき人の、上戸にて、ひしひしと馴れぬる、またうれし(かねて近づきになりたいと願っていた人が、上戸で酒のせいでぐんぐんと親密になるのもまたうれしい)。」と言っています。彼女は上戸ではありませんが、少なくとも、僕はそういう心持ちでした。酒の力を借りて親密になるのは、浅ましいことでしょうか。僕はそうは思いません。相手が男性であれ女性であれ、酒のおかげでお互いのことを理解し合えれば、これほど嬉しいことはありません。僕は彼女ともっと飲みたいと思いました。