晩白柚ルポルタージュ

熊本に住む32歳の日記です。 2019年5月までトロントでワーホリをしていました。一人旅、カレー、キャンプなどについて書いています。

2015年フランスの旅(9)ルーヴルと世紀末の急行列車

晩白柚です。

半年に渡って書き散らしてきたフランス旅行記は、ついに今回が最終回です。1記事あたり3000字近くありますので、9記事にも及ぶこの旅行記はちょっとした論文ぐらい文量があります。長すぎる。

話がくどいのが晩白柚の悪いところ。はたして全部読んだ方がどれだけいるのかわかったもんじゃないですが、なにはともあれ、最後です。

  

前回の記事はこちら。オルセー美術館でハゲたおっさんの作品を鑑賞し、パリ初のラーメン屋・ひぐまさんでチャーシュー麺を堪能した5日目が終わったところまで書きました。

 

 

フランスの歩みを感じるルーヴル美術館

旅は6日目。観光は今日が最終日になります。

今も芸術には疎いのですけれども、とりわけ2015年のころはなんの教養も知識もない晩白柚でしたので、世界の有名な博物館といえば、大英博物館とルーヴル美術館ぐらいでした。

そんな僕がかろうじて知っている大敵・ルーヴル美術館を、最終日にやっつけることにしたわけです。

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ルーヴル美術館

ルーヴル美術館は12世紀に建てられた要塞が元となっていて、その後ルーヴル宮殿となり、18世紀に美術館として開館して‥となかなか深い歴史を持っているのですが、めんどいのでここでの説明は省略します。詳しくはWikipediaを参照してください(なげやり)。

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思いっきり逆光のルーヴル・ピラミッド

ルーヴルは展示物のテーマに従って3つの棟(翼)に分かれていて、ドゥノン翼・シュリー翼・リシュリュー翼があります。1つの翼が美術館1館分ほどの広さを持ち、すべて見て回るのは軽い遠足かというぐらい大変です。今回は10時にドゥノン翼からスタートして、シュリー翼、リシュリュー翼と早歩きで回って、帰路についたのが17時でした。

正直に申し上げますと、有名な作品以外はみんな同じように見えてしまって、数時間で飽きてしまいました。途中から、「せっかく来たんだからぜんぶ見なきゃ」という義務感に急かされて歩いていたような気がします。

あいかわらず撮った写真が少ないのですが、 以下、主要な作品だけ貼り付けてお茶を濁したいと思います。

 

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レオナルド・ダ・ヴィンチ「モナ・リザ」。想像していたよりずっと小さいです。おそらくルーヴルでいちばん集客している作品で、周囲は人びとでごった返しています。これ以上近づくのは無理でした。

 

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ダリュの階段踊り場に置かれた「サモトラケのニケ」。こちらも鑑賞客が多すぎて近づけませんでした。紀元前190年ごろの作品らしいのですけど、日本は弥生時代だかそんぐらいでのんきに米でも作ってたころだと思うと、この緻密さはすごいですね。

 

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「ミロのヴィーナス」。こちらも紀元前130~100年ごろの作品。小学校の図工室にレプリカが置いてあったのが懐かしいです。

 

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ドラクロワ「民衆を導く自由の女神」。もっとも印象に残っている作品です。迫力に圧倒され、しばらくその場で見とれてしまいました。

 

ほか、フェルメール、レンブラント、ラファエロはかろうじて記憶に残っています。フェルメールは「レースを編む女」などを見ましたが、どこにでもいそうな女の子の何気ないワンシーンを切り抜いた感じがよいですね。

 

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館内をひたすら早足で見て回って7時間。とうぶん芸術に触れるのはいいやという気持ちになって、へとへとでルーヴルをあとにしました。

 

パリ最後の食事

ホテルに戻って時刻は19時。明日は朝早くからド・ゴール空港を発つ予定ですので、パリでゆっくり食事をするのはこの夜が最後です。パーッと派手に飲み食いしたい、と思って財布の中を見てみると、そっと眠るのは10ユーロ紙幣のみ。

 

「・・・・・。」

 

10ユーロでいったいなにが食べられるというのでしょう。財布を見つめて固まる僕。

 

ホテルの周辺を歩き回るも、指をくわえてレストランを外からじっと眺めることしかできません。鳴り続ける腹の虫。ルーヴルで歩き疲れたこともあって、いよいよエネルギーが限界に達しそうです。

そんな折に見つけたのが、閉店間際のパティスリー「Pain de tradition」でした。

 

パリ最後の食事がパンとは・・とほほ・・と寂しさを隠せない晩白柚でしたが、いたし方ありません。ガラスケースに入ったパンの中から2つ選んで、おばちゃんに注文すると、彼女はその2つのパンをレンジで温めてくれました。

僕がパンを受け取ると、おばちゃんはカタコトの日本語で「アリガトウ」と仰ってくれました。なにか最後の最後で救われたような気がしました。

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ホテルの部屋で、サーモンがたくさん載ったパンと、ミニバーに補充されたハイネケンを飲みながら、パリ最後の夕食を楽しみました。

 

混沌の鉄道 RER

最終日。朝9時にチェックアウトし、ド・ゴール空港を目指します。

フランス初日は空港からパリまでシャトルバスに乗りましたが、復路の今回は空港までRER(エール・ウ・エール)という急行列車を使うことにします。シャトルバスが17ユーロなのに対し、RERは10ユーロで空港へ行くことができます。有り金がほぼ尽きた晩白柚にとってはありがたい値段です。

が、外務省がこちらのページで注意喚起しているように、パリとド・ゴール空港を結ぶRERのB線は治安が最悪です。空港利用客を狙った強盗、スリが多発し、さらには過去に車内で殺人事件も起こったとか起こらないとか、とにかくトラベラーはおろか地元の人すら利用を敬遠する路線なのであります。

しかし、とにかく金がなかったのと、そんなに治安が悪い鉄道なんて逆に興味がある(注:本当に危ないので真似しないでください)ということで、意を決してチャレンジすることに。

パリ北駅のRER B線ホームは薄暗く、やってきた列車の車体にはスプレーで落書きがしてあって、まさにカオス。想像どおり世紀末のような鉄道です。が、ガタゴトと走る列車の車内で「来るなら来やがれ!」と身構えていましたけれども、特になんの事件も起きることなく、快適に空港へたどり着くことができました。

 

繰り返しますが、B線の治安は最悪なので、利用は極力控えてください。特に女性は乗らないでくださいね。

 

日本へ

出国審査を終え、ついに日本へ戻る時がやってきました。初の海外でいきなりホテルのブレーカーを落としたり、オムレツ食べて下痢になったり、1ユーロ払えと怒鳴られたり、思い返せばけっこう散々な旅でしたけれども、それも今となってはよき思い出。名残惜しいですが、フランスをあとにします。

 

飛行機の中では、往路で読み終わっていなかった川端康成の「山の音」を読んだり、機内エンターテイメントで映画「暗殺教室」を見たりして時間をつぶします。しかし疲れが如実に現れていて、機内食を食べる気力もわかず、ぼーっと暇を持て余していました。

バンコクでのトランジットを挟みながら、15時45分、成田空港に着。現実に帰ってきました。この8日間、僕は外国にいたのだ、文字どおり違う世界にいたのだ。現実と違う世界。僕は夢の中にいたんじゃないかなどと変なことを思いながら、帰りの電車に乗り込みました。